
「毎月勤労統計調査」(厚生労働省)によると、2023年度、現金給与総額は33万2,533円で前年度から1.3%上昇したものの、消費者物価が3.5%上昇し、物価の変動を考慮した実質賃金では2.2%低下しています。2022年度も前年比実質賃金が1.8%低下しており、賃上げにもかかわらず、実質賃金は下落という状況が現在も続いています。国民生活向上のためには、実質賃金が持続的に上昇していくことが不可欠です。賃金を上げても物価がそれ以上に上がれば、実質賃金は下落します。なぜ物価は賃上げ以上に上昇するのかを解明することが重要になります。
今回と次回の投稿では、2023年度に焦点をあてて、なぜ賃金上昇にもかかわらずそれ以上に物価が上昇し、実質賃金は低下したのかをSNA(国民経済計算)統計データをもとに解明します。
SNA統計データで実質賃金の動向をみるために、賃金は雇用者所得を雇用者で割った1人あたり雇用者所得でもとめます。物価は、本来であれば、家計最終消費支出デフレーターを用いる必要がありますが、ここではGDPデフレーターで代理しようと考えています。なぜかというと、GDPデフレーターはSNA統計データのみで定式化できるので、物価が変動する要因を究明するのに比較的容易という利点をもっています。それに対して、家計消費支出デフレータを用いて分析する場合、回帰分析などで有意な説明変数を特定化する作業が必要で結構大変です。
ここで問題になるのは、GDPデフレーターと家計最終消費支出デフレーターはほぼ同じ動きをするのか、ということです。同じ動きをするのであれば、家計最終消費支出デフレーターをGDPデフレーターで置き換えてもあまり問題はないと思われますが、違った動きをすれば、GDPデフレーターを採用することはできません。今回の投稿では、2つのデフレーターはどのような場合に同じ動きをし、どのような場合に違った動きをするのかを考えてみます。
図1は、2010年から2023年のGDPデフレーターと家計最終消費支出デフレーターの動向を示しています。2つのデフレーターは2022年を除いて、ほぼ同じ動きをしていることが確認できます。
2022年2月24日のロシアのウクライナ全面侵略による地政学的リスクを背景に、2022年には石油価格や食糧価格の世界的上昇が起こりました。その上昇分が国内の消費財価格に波及し、2022年の家計最終消費支出デフレーターは明確な上昇傾向を示し、上昇傾向は2023年も続いています。
ところが、GDPデフレーターは、2022年は前年と比較しても安定して推移し、2023年に大幅な上昇傾向を示しています。2つのデフレーターの傾向は、2022年を除くと、ほぼ同じ傾向を示していますが、2022年のみ、2つのデフレーターの傾向に乖離がみられます。それはなぜでしょうか?

GDPデフレーターは、名目GDPを実質GDPで除してもとまります。表1で、名目GDPは次の式で集計しています。
名目GDP=民間最終消費支出+政府最終消費支出+総資本形成+財貨・サービスの輸出―財貨・サービスの輸入
表1で特筆すべきは、2022年の財貨・サービスの輸入が、103兆330億円(2021年)から141兆6210億円へと38兆5880億円も大幅に増加していることです。これは、石油や食糧の輸入価格が大幅に上昇するという対外的ショックによって、輸入額が例年になく増加せざるをえなかったためです。
2022年は円安を背景に、財貨・サービスの輸出も120兆7690億円と前年比で20兆円強増加しています。しかし、輸出から輸入を引いた純輸出は、2021年が2兆8770億円の赤字に対して、2022年は19兆8520億円の大幅赤字になっています。2023年になると純輸出の赤字は8兆5690億円まで縮小し、対外的ショックが弱まってきたことを示しています。
2022年には対外的ショックによる輸入額が大幅に増加し、平常であれば国内でとどまるはずの付加価値が、海外に流出した結果前年比でみて名目GDPがあまり増えませんでした。他方、日本の長期的経済停滞のため実質GDPもあまり増えなかったので、結果的にGDPデフレーターも安定したまま推移したことになります。
このように石油価格高騰などの対外的ショックが起こり、輸入額が大幅に増加するような状況が生まれるとGDPデフレーターは低下傾向を示すことがわかります。
他方、2022年の家計最終消費支出デフレーターの上昇は対外的ショックを直接受けた結果であると言えます。対外的ショックが起これば、家計最終消費支出デフレーターとGDPデフレーターの動きに乖離が生じることがわかります。2023年になると、2つのデフレーターが同時に上昇傾向を示していますが、これは対外的ショックから国内的要因が原因になっていることを示唆しています。
家計最終消費支出デフレーターとGDPデフレーターの動きは、対外的ショックが発生すると乖離するが、それがなければほぼ連動するというのが結論です。
